オオカミの呼ぶ声　番外編

目の前では鉄板の上でお好み焼きが焼かれていた。
これも今まで食べた事がない。
どうせなら出来たてをと店主が言うので、作る工程を眺めながら焼きあがるのを待っていたのだが、ふと腕を引く感覚がない事に気付き、俺は横を振り向いた。

「あれ？ルルーシュ？」

本来そこにいるはずのルルーシュが居なくなっていて、俺は辺りを見回した。
とはいえ人ごみがひどく視界は悪い。
匂いの先は人ごみの向こうだった。

「え？ルルーシュ居ないの？さっきまでいたじゃない」
「なんか変だ。ルルーシュが何も言わず居なくなるわけない」

特に今は。
俺が不安になることなどしない。

「何？ルルーシュ君が居なくなったのか？・・・おい、皆に連絡して探す様言ってこい」

店主が一緒にお好み焼きを焼いていた若者にそう言うと、若者は返事をし、出店の裏に走っていった。

「ルルーシュ君ぐらい可愛いと、良からぬ輩が出てくるからな。カレンちゃんなら相手を蹴り飛ばせるが、ルルーシュ君だと・・・」

その言葉に、俺とカレンは思わず顔を見合わせた。

「それってまさか」
「また誘拐か？」

ルルーシュは以前誘拐された。
何処かの部屋に閉じ込められたらしいが、自力で抜け出し相手を手玉に取った後、桐原と藤堂を呼び寄せ、何事も無いような顔をして家に戻っていたのだ。
たしかにルルーシュは頭がいい。だが、それだけでは切り抜けられないこともある。俺はカレンをここに預けルルーシュを探しに行こうとしたが、カレンは自分も行くと言って聞かなかった。
カレンは役に立つからいいか。それよりルルーシュだ。
俺はそう思い、ルルーシュの気配を居場所を探ると、この周辺いる事は解った。
だからすぐに人混みの中へ飛び込み、ルルーシュの匂いを追うことにした。

さて、これはどういう状況なんだろう。
思わず眉を寄せると、目の前にいた男は満足げに下卑た笑いをその顔に乗せた。
何に満足しているのかは知らないが、非常に不愉快だ。
先ほどまで僕はお好み焼きと言う食べ物が目の前で作られていく様子を見ていた。キャベツがたっぷり使われていて、もし美味しいものでスザクが気に入るようなら家でも作ろうと思っていたから、かなり真剣に見ていたのだ。それなのに、突然後ろにいたこの男に手を引かれ、声を上げる暇も無く口をふさがれた。この男は、自分の子供が我儘を言っている風を装い、一人で何やら周りに対して言い訳を口にしながら、この人気のない場所まで僕を連れてきたのだ。
遠くに縁日の喧騒が聞こえるが、木々に囲まれてその様子は残念ながら見る事は出来ない。
日本人の男性、年齢は20～30歳。体格はお世辞にも良くない。ぜい肉も腹の周りにかなりついている。身長は170ほどか。浴衣を着て、手には綿あめを持っている。綿あめの袋はカレンが好きな美少女戦隊物の華やかなイラストが描かれていて、男が買うには勇気のいる物だ。
まあ、そのぐらいの年齢の娘あるいは妹、従兄妹が居れば恥ずかしさなど感じずに買えるが、この男にはそれらしい連れは居ない。
見た所、戦闘ができるようにも見えず、動きから見ても何も訓練を受けていないようだった。武器らしいものも持っていない。刺客にしては間抜けすぎるし、何より殺気を感じられない。
考えても仕方がないので情報を得るため会話を試みることにした。

「失礼ですが、僕に何か用でしょうか」
「僕？うわーまさかの僕っ子だ！こんな可愛くてお人形みたいに綺麗なのに僕っ子！！これは萌える！！」

男は興奮したように上ずった声を上げ、顔に歓喜の笑みを乗せた。
・・・よし、これで解った事がある。
この男は僕を知らない。
僕っ子と言う言葉は、確か女性が僕という一人称を使った場合呼ばれるもののはず。
つまりこの男は僕の性別を間違えている。
まあ、この浴衣の柄と髪飾りだ。遠目から見れば間違えてもおかしくはないが。
なるほど、誘拐か？
なんにせよカレンが対象にならなくてよかった。
そう思っていると、男は自分の浴衣の腰紐に手を伸ばした。
何か武器でも仕込んでいるのか？スタンガンの類だと厄介だな。そう思っていると、男は腰ひもをするりと解き、自身の浴衣を勢いよく開いた。
その姿に、僕の眉間の皺がさらに深まった。
何を見せたいのだろうこの男は。
刺青のような物は特にない。
貧相と言っていいレベルの体格だから筋肉を見せたいわけでもないし、腹部に贅肉がついていているからモデル体型でもありはしない。
何よりなぜか下着を着けていないため、見たくも無いものまで視界に入る。
とりあえず相手の意図を探るため全身を一通り見たが、全く解らなかった。だが男は、僕が顔をしかめたことに気をよくしたようだ。
何だろう。この男の思考は理解ができそうにない。

「君、随分大人しいね。普通なら悲鳴あげる所なのに。でも、そう言う所もお人形さんみたいで可愛いよ」

言っている意味が解らない。
何に対して悲鳴を上げなければならないのだろうか。
浴衣の下に重火器があるわけでもない、刃物も無い。
運動神経は訓練を積んだ相手よりは悪いだろう。
僕は体力はないが、反射神経は人並み以上だ。
一瞬で勝負をつけさえすれば負ける相手ではない。
つまりこちらが身に危険を感じる要素が欠片も無い。
その上なぜ男の急所をさらけ出しているのだ。
蹴り飛ばして下さいと言っているようなもので、自ら弱点を晒す理由もわからなかった。
この土地の者があのにぎやかな場所に居る。
だから相手を怯ませあそこまで逃げるだけで僕の勝ちだ。
敵だらけの故郷とは違い、この土地に居る者は味方だと、今の僕は知っているから何も怖くはない。
この土地に来た頃のように怯える理由は何も無いのだ。

僕が無言でいることに相手はさらに機嫌をよくしたらしく、なぜか貧相な物を見せつけるように荒い呼吸で腰を動かし始めた。何に興奮しているかは知らないがあまりの醜さにますます僕の眉間のしわが深くなる。

「さーて、どうしようかなー。これだけ大人しいなら、連れて帰っても大丈夫だよね。良し決めた。君は今日から僕の物だ。僕の部屋で飼ってあげるよ」

下卑た笑みを浮かべた男が近づいてきた。
肌をさらけ出した意図は解らないが、どうやらこれから本格的に誘拐するつもりらしい。

「僕が貴方の物ですか？冗談は見た目だけにしてください。失礼します」

馬鹿馬鹿しい。
相手にする気も失せる。
この男の顔は覚えた。
後でちゃんと通報し、今後の人生に苦労するよう仕向けよう。
そう思いながら踵を返すと、男は慌てて手を伸ばしてきた。
仕方ない。
男としては辛いが、わざわざ見せてくれているのだから遠慮なく蹴るか。
そう思った時、その男は後方へ吹き飛んだ。
あ、何だろうこの光景、見覚えがある。
そう思った時、目の前に見慣れた少年の後ろ姿が映った。

「大丈夫かルルーシュ、怪我はないか？」

僕と男の間に立ったスザクは、男が予想以上に弱く、顔面に食らわせた蹴りで完全に伸びていることを確認した後、後ろに振り返ると、泣きそうな顔で僕を見た。

「ああ、大丈夫だ。ありがとうスザク、良くここが解ったな」
「当たり前だろ。俺は犬神だぞ」

それは解っているが、これだけの人ごみだ。そこから僕の匂いを追えるとは思ってなかったのだが、こうしてここに来れるのだから犬の嗅覚はやはりすごいと感心した。

「で、こいつ何だよ？」

完全に浴衣がはだけ、粗末な物をさらけ出したまま無様に転がる男を見、スザクは不愉快そうにそう尋ねてきた。

「僕を女の子だと思ってたみたいだから、唯の誘拐じゃないか？自宅に連れ帰るとか、ああ、今日から僕を自分の物にすると言っていた。僕を部屋で飼う気だったらしい」

聞いたままの情報をそのまま告げると、スザクは不愉快そうに顔を顰めた。
ああ、そう言えばスザクも僕を自分の物と言っていた。
何だろう、僕に人権はないのだろうか？

「ふーん、そうなのか。人間が俺の物をね・・・」

相変わらず人を物扱いした後、すっとその翡翠の目を細めたスザクに嫌な予感がし、念のためスザクの浴衣の袖をつかむと、後方から聞きなれた足音と声がした。

「あ！いた、スザク！置いてかないでよ！！」
「あ、カレン遅いぞ」
「ってカレン！？馬鹿、来るな！そこで止まれ！」

仮にもカレンは女の子だ。こんな醜いものを見せる訳にはいかない。目が腐る。

「何よバカって！人がどれだけ心配したと思ってんのよ」

馬鹿と言われたことに腹を立てたらしいカレンは、浴衣を着ているとは思えない速さで駆けてきた。

「別に危ない事なんて無いから来てもいいだろ」
「この馬鹿！こんな汚らわしい物をカレンに見せる気か！」
「あ」

言われてようやくスザクは男がどういう格好なのか気がついたらしい。

「汚らわしい？って、きゃああああああ！！」

スザクの相手をしている間に、カレンは足を止めることなくこの場に来てしまい、倒れている男を見てしまった。
辺りにカレンの悲鳴が響き渡り、ナオトを先頭に僕を探していたという近隣の住民たちが集まってくる。

「こっ・・・この薄汚い変質者がっ！良くも俺の可愛いカレンに汚物を見せたな！！」

激昂したナオトをどうにか抑えつけながら、集まった者たちは気絶した男を警察に引き渡した。僕も事情を聞かれることになったので、言われた事をそのまま伝える。
なぜ肌をさらけ出したのかは解らないが、そのいきさつも全て。
僕が一通り話し終えた時には、周りにいた人間はみなポカンと口を開けていて、僕は思わず首を傾げた。

「いいか、ルルーシュ君。これは変質者と言って、君に自分の裸を見せることが目的だったんだ」

真剣な顔でナオトが言うので、ますます意味が解らなくなった。

「そんなもの見せてどうするんですか」

自慢できる要素など欠片も無いあの体を思い出してしまい、思わず眉を寄せた。

「相手は君を女の子と思ったんだ。君もカレンにあんなもの見せたくはなかっただろう？カレンがどう思うか予想は出来るはずだ」
「・・・つまりあの粗末な品を女性に見せて、悲鳴を上げる姿を喜んでいると・・・」

実際にカレンは悲鳴を上げた。
男はそういう姿を見たかったのだという。

「そう言う事だよ。それにしてもルルーシュ君、相手が変質者だって解らなかったのか」

何て危険なと、ナオトは眉を寄せた。

「しっかりと学校で取り上げて教えないと駄目だな。後で南にしっかり言っておくぜ」

玉城までこれは危ないと言う顔でそう告げた。

「そこまで深刻な問題ですか？」

相手はろくな武器もなく、狙われたのは僕だ。カレンではない。そこまで深刻に考えるべきなのだろうか。

「どうもルルーシュ君は危機管理が弱いようだな」

その言葉に、そんな事はあり得ないと、僕は反論した。

「まさか。危機管理が足りず、自分の身を守ることも出来なければこの年まで生きられませんでしたよ。ただ、相手の目的を知るためにこうして誘いに乗ることはありますが、武器一つなく、訓練も受けていない人間に後れを取るなんて、この前のように油断して薬でも使われない限りありえません」

まあ、この土地に来たばかりの頃は、見知らぬ土地、初めての家、その上土地神の話などいろいろありすぎて、その日はずっと軽く動揺していた。
誰が敵で、誰が無害かも解らない場所で、身の安全を確保するすべを考えることさえしていなかったのだ。そのため、夜中に家に入り込んだスザクに対応できず、布団の中で怯え動けなくなった事はとりあえず忘れてそう口にした。
すると、周りの大人たちはますます眉を寄せた。みるとスザクも口をポカンと開けながらも、何か言いたそうな、それでいて不愉快そうな顔をしている。

「・・・君がどのような生き方をしてきたかは解らないが、これは危機管理が足りないのではなく、自分に関わる危険に対し感覚が麻痺しているのか・・・そうだ、こういう言い方をすれば分るかなルルーシュ君」

藤堂は此方と目線を合わせるよう膝をつくと、真剣な目で最悪な言葉を告げた。

「君の妹のナナリーくんが、このような男に連れ攫われたらどうする？あの男の姿を見てカレンくんのように悲鳴を上げたりはしないのかな？」

その言葉に僕は心臓を鷲掴みにされた気がし、体が無意識に震えた。

「ナナリーに、あんな、あんな薄汚いものを見せると？ああ、そうか。僕なら自力でどうとでもできるが、か弱いナナリーには無理だ！もし誘拐などされたら、反撃どころか逃げ出すことなど出来ないじゃないか！」

しかも今は危険を察知するためのその目も、逃げるための足もあの子にはないのだ。
あの男でさえナナリーには危険すぎる。そうだ、普通の子どもは僕とは違う。この程度の犯罪者に負けてしまうのだ。

「僕だったら何も問題はないが、他の誰かが狙われたら大変じゃないか！」
「理解ってくれたかルルーシュ君」

僕だったら何も問題ない。の部分はひとまず無視して藤堂はそう言った。

「すみません。僕にとっては取るに足らない唯の雑魚だったから甘く考えていました。犯罪者から皆を守るため、しっかりと防犯対策を考えなければ！」

有り得ない。ナナリーを誘拐して監禁だと！？あの愛らしく、まさに天使と呼ばれるべきナナリーを危険にさらすなど！ナナリーをこの地にという思いがあったが、こんな汚らわしい連中が来る土地などもっての外だ！！全て排除してくれる！

ルルーシュがいつも浮かべないような悪そうな顔でなにやら考えている間、逮捕された男の携帯を見つけ、私は何気なくその中を覗いて思わず叫んでしまった。
私のその声に気づいたナオトがすぐに来たので、私は携帯の中身を見せた。

「これは・・・盗撮か」
「しかも全部ルルーシュなのよ！」

その言葉に、スザクは素早く反応し、ルルーシュも眉を寄せて此方に来た。
携帯に残っていた画像はこのお祭りを回っているルルーシュの姿ばかりだった。
最初は遠くから。それがだんだん近くに寄ってきて、最後にはお好み焼き屋でじっと鉄板の上を見つめている姿が残されていた。
しかもベストショットがかなりある。というかどの写真もお人形のように可愛い。
これで男とか詐欺だと思う。
これがナオト達の携帯のものなら可愛いからその写真頂戴と言えるのだが、写したのはあの変質者だ。残しておきたくはない、全て消し去りたいのだが、証拠品だからそうもいかない。
あからさまに眉を寄せ、口をへの字にしたスザクが機嫌悪そうにそれを見た後、ナオトに他の写真を見せるよう口にした。
そして。

「あった。これ俺が写ってる」

何枚か移動した先で、ルルーシュの横に立つスザクの姿が映っていた。
他の写真は衣服の端や髪など一部だけだったが、この写真には間違いなくルルーシュと並んで歩くスザクの顔がはっきりと記録されていた。

この土地には決まりがある。
神にむやみに話しかけてはいけない。
神の記録を残してはいけない。
守れないものには神の祟が下る。

それはつまり

「俺の姿を記録に残したら、そいつを祟っていいんだよな？」

今頃カグヤが設定した祟で恥ずかしい話を暴露しているだろうが、そんなことでスザクが終わらせるはずがない。
スザクはニコリと笑うと連れて行かれた警察署は領域外かと残念そうに口にした後「俺はここから動けないから誰に頼もうかな」と楽しげに笑った。

触らぬ神に祟りなし。

神の怒りに触れれば漏れ無く祟が降り注ぐ。

枢木スザクという名の神が守り、愛でている人間に危害を加えたのだから、きっと他の神々も喜んで手を貸すだろう。
ああ、きっとこの先あの人は不運の連続ね。
ルルーシュは知らないことだけど、なにせ私に馬鹿なことをしようとしたオジサンにさえスザクの祟は降りたのだ。
それはもう悲惨なものだったらしい。
教育上良くないと、何があったかは教えてもらえなかったけど、虫がすごかったらしい。最後には蜂に追われ、全身刺されて病院送りになったことだけは聞いた。
アナフラキシーショックは起きないようちゃんと蜂の神が手を加えているので、生きてはいるらしいが、小さな蜘蛛1匹にも怯えるようになったとか。
私でさえあれだったのだ。
ルルーシュは私以上に愛されている。
だから今回はあの時以上だろう。

神がいるということで、いろいろな人がこの地を訪れる。
それはとても良いことだが、同時にとても危険なことなのだ。
翌日、神の記した決まり事に、この土地の子供に手を出したものには神の怒りが落ちると、書き加えられていた。